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障害者の自立支援 8月5日と6日の二日間、長崎で「福祉のトップセミナーin雲仙2006」が開かれ、パネリストとして出席してきました。 なぜ雲仙か? 日本の障害者福祉の10年先、いや20年先を進んでいるといわれる社会福祉法人南高愛隣会が、「コロニー雲仙」と呼ばれる自立支援の福祉施設を地域全体に展開するのが、長崎県雲仙市だからなのです。 私が参加したのは、浅野前宮城県知事が司会で、和歌山県、佐賀県の知事と、山口県柳井市長と佐賀県選出の若手代議士、そして私の5人のパネラーで行われた「首長セミナー」でした。 厚生労働省の職員や全国から駆けつけた500人を超すセミナー参加者を前に、障害福祉について地方から国を変えるの意気込みで、3時間以上にわたって、熱い思いを語り合いました。 今、障害者福祉は、昨年10月の特別国会で成立した「障害者自立支援法」を巡って、さまざまな自治体で、この法律が文字通り障害者の真の自立につながるのか、いくつかの大きな疑問が議論を呼んでいます。 平成15年に、福祉施設の利用を法律によって決めるいわゆる「措置制度」から、身体と知的障害者自らが必要なサービスを選び、事業者と契約する、いわゆる「措置から契約へ」と、大きく変わりましたが、この制度が始まってすぐに財政的に破綻し、今回の自立支援法へと変わってきました。 負担についても、かかる費用のうち、支払い能力に応じて負担する「応能負担」から、一律に一割負担を決めた「応益負担」へとなりました。 しかし、障害のある方が、少しでもふつうの生活に近づくためのさまざまな援助が、果たして「利益」と呼ぶに相応しいものなのか。私は大いに疑問があると思っています。 障害児・障害者を支えるのは、家族の責任なのか。国や自治体の役割なのか。さらにいえば、障害児は自ら選択して生まれてきたのか。そもそも政治とは、地域社会とは、「助け合わなければ生きていけない」というのが、原点ではないのか。 今回の自立支援法を巡って大いに議論を深めていきたいと思っています。 なお、このセミナーで、厚生労働省の職員と名刺交換をしましたが、名刺の肩書き「障がい福祉課長」の「害」という字がひらがなになっていました。 聞けば、「どうしても『害』という漢字に抵抗があるから」とのことでした。 元々「障害」の「害」という字は、「妨げられている」という意味を持つ石へんの「碍」という字を使っていましたが、昭和21年に当用漢字を定めたときに、現在の「害」という字になったと聞いていました。障害者の「害」という字は、「災い」を意味する「害」とは決定的に違うことを改めて思わされることになりました。 浦安市長 松崎秀樹 |